4 ナンパはコリゴリ
ランディのおかげで、とんでもないことになってしまった。
なんとハメット先生は、駅でナンパすることになってしまったんだ。
あんなバカなやつの言うことなんて、適当に聞き流しておけばいいのに。
マーキュロ駅は、午後五時になると、都会で働いている人たちでいっぱいになる。
かわいそうにハメット先生は、買ってからまだ三回くらいしか着たことがないねずみ色のスーツを着て、駅の改札口をいったりきたりしていた。
どうみても落とし物をさがしているおじさんにしか見えなかった。
「先生、ほらあの赤い服を着た女の人なんかどうだい」
チャラい男子代表ランディは先生に言った。
先生は弱りはてていた。勇気を出してやってきたものの、後悔しているんだ。
ぼくはもう帰ろうと二人に言った。
ランディはぼくをギロッとにらんだ。
にらむことはないだろ。
バカバカしいから帰ろうと言っただけなのに。
「うむ。あの赤い服の人は、先生にはまだ若すぎるみたいだな」
「若すぎるもんか。だいたい先生はいくつなんだい」
「三十二さいだよ」
先生も先生で、こんなクソガキにマジメに答える必要ないって。
「じゃあ、あの人はどう」
遠くを指さしながら、ランディは言った。コイツもこりないなぁ。
改札口の向こうから、ピンクのワンピースを着た女の人がやってきた。
つばの広い帽子をかぶっているので、顔は見えない。
だけど、スマートだし、いいんじゃないかな、とぼくも思った。ぼくだって、ランディと付き合いだしてから、少しチャラくなってきたみたいだ。
ハメット先生は歩きだした。ぼくとランディは小さくつぶやいた。
ゆけ、ルイス・ハメット。
結果は失敗だった。
逃げられたわけじゃないぞ。
それどころか、ハメット先生はその女の人に追いかけられたんだ。
ああ、なんてこったい。
日曜日の午後五時に、どうしてとなりのクラスのアイダ先生が、マーキュロ駅の改札口から出てくるんだ。
ぼくとランディは逃げたさ。
逃げなきゃアイダ先生のヒステリーがまっているんだぜ。
ハメット先生には気のどくだけど、ぼくらは先生を見すてることにした。
先生はまっすぐ通りに向かっていったけど、ぼくらは自販機のかげにかくれて、二人をやりすごした。
遠ざかる先生たちの背中を見て、ぼくは申しわけなく思った。
「でもまぁ、先生は三十二さいだ。ぼくらは十さいになったばかりなんだ。ぼくらより二十二年もよぶんに生きてきたんだから、どうにかするさ」
他人ごとのようにランディはつぶやいた。
無責任な…おまえが全部悪いんだぞ。
ハメット先生が無事に逃げ切れたことを祈るばかりだ。
翌日、学校に行くと、ランディがぼくに話しかけてきた。
「ねえ、昨日の先生のこと、追いかけた女の人だけどさ」
「何だよ?」
「アイダ先生に似てなかった?あの女の人、アイダ・クレストにそっくりだったぞ」
「そっくりも何も本人だもの。昨日、何でぼくと一緒に逃げたんだ?」
「いや、知らなかった。やけにおっかない女の人が追いかけて来たんで、反射的に身体が動いたんだ」
「えっ?本当に知らなかったんだ。ぼくはすぐ分かったぞ」
「本当だよ。自販機のかげに逃げこんだだろ?」
「あぁ、一緒にな」
「通り過ぎる時、こっちを見たんで、『あれ、だれかに似てるな』と思ったんだ」
「こっちを見たのか?」
「あぁ、チラッと見たよ」
「目が合っちゃったんだ、ランディ」
「ん、何かマズイか?」
「マズイも何も。それって顔を見られたってことだぜ」
「ええっ、本当か。どうしよう、フィル」
「バカやろ。顔をふせときゃ良かったんだよ」
ぼくたちはがく然とした。まずい立場はハメット先生だけじゃなかった。
恐るべしアイダ・クレスト。
共犯者である二人の少年を、いともたやすく追いつめるなんて。
でも、よく考えると、昨日はランディと一緒に駅にいただけって、言いわけすればいいじゃないか。
ハメット先生は、駅から猛スピードで逃げていったけど、まさかランディにそそのかされて、駅でナンパしてたなんて、言うわけがない。
そんなのは大人の、というか教師の品位に関わる問題だからな。
そう、言うわけがないさ。
ルイス・ハメットがそんなこと言うわけ…。
ええっと…言っちゃうのかな?あの人。
つづく
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